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横浜地方裁判所 平成5年(ワ)4577号 判決

原告

東井運輸株式会社

被告

松橋誠

主文

一  被告は、原告に対し、六五万三四四〇円及びこれに対する平成五年一二月二三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、二〇三万四〇〇〇円及びこれに対する平成五年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、使用者(運送会社)が、従業員の惹起した交通事故に関し支払つた損害賠償について、退職した従業員に対し求償請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、自動車運送及び自動車運送取扱等を業とする株式会社であり、被告は、2項記載の本件事故当時原告の関東営業所の従業員であつた。

2  事故の発生(争いがない。)

日時 平成三年七月五日午後四時五〇分ころ

場所 神奈川県高座郡寒川町宮山二〇四番地先路上

加害車両 普通乗用自動車(相模五四む四八一四)

運転者 被告

被害車両 原動機付自転車(茅ケ崎市い九七七六)

運転者 訴外仲里哲光(以下訴外仲里という。)

態様 本件事故現場の交差点を直進しようとした被害車両と対向車線から交差道路に右折しようとした加害車両とが衝突した。

3  訴外沖里は、本件事故により入院加療二〇日間、通院加療八四日間(実通院日数一四日)を要する腰椎捻挫、左第二指挫傷、右肩鎖関節脱臼の傷害を負つた(甲四、一五、一六)。

4  責任原因(争いがない。)

本件事故は、被告が、原告の業務遂行中、本件事故現場の交差点を右折するにあたり、安全確認を怠つた過失により惹起したものであるから、被告は民法七〇九条により、原告は同法七一五条一項により、訴外仲里に生じた損害を賠償する責任を負つていた。

5  本件事故に関しては、訴外仲里を原告、原告を被告とする横浜地方裁判所平成四年ワ第一八五四号損害賠償請求事件について、平成五年三月二九日、左記主文の判決が言い渡され、原告は、東京高等裁判所に控訴したが(平成五年ネ第一七四三号事件)、平成五年八月三一日、控訴棄却の判決が言い渡され、同判決は同年九月一七日確定した(甲四、三〇、弁論の全趣旨)。

一 被告は、原告に対し金一八三万三六〇一円及び内金一六三万三六〇一円に対する平成三年七月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四 この判決一項は仮に執行することができる。

6  原告は、右判決に基づき、訴外仲里に対し、本件事故の損害賠償として一八三万三六〇一円及び内一六三万三六〇一円に対する平成三年七月六日から平成五年一〇月五日までの遅延損害金一八万三七八〇円、訴訟費用一万六九六一円の合計金額二〇三万四〇〇〇円(千円未満切捨)を平成五年一一月二四日支払つた(甲一、二、四、三〇)。

二 争点

被告に対する求償権行使の適否

(被告の主張)

原告は貨物運送という危険な業務で利益を得ている会社であり、危険防止のため被用者に対して適正な労務管理を行い、事故防止のために万全を尽くすべきであつたのに、前日からの長距離運転と荷物の積み降ろしなどで心身ともに極めて疲労しており、既に当日までに割り当てられていた仕事を終えて帰宅しようとしていた被告に対し、平塚市まで池の社員を迎えに行くよう指示し、その帰路に本件事故が発生したものである。

過酷な労働条件の下に稼働していた被告に対し、原告が求償を求めることは権利の濫用にあたる。

第三判断

一  証拠によれば次の事実が認められる。

1  加害車両は、被告が本件事故の約一か月前に友人から借用して通勤に使用していた私用車であつたが、任意保険が付されておらず、この事情は原告の関東営業所長や主任の訴外中山佳典(以下訴外中山という。)も知つていた。

被告は、入社以来、原告から業務の遂行にあたり私有車の使用を禁上する旨の説明は特別に受けておらず、かえつて、本件事故前業務時聞中に所長や訴外中山から依頼され加害車両で買物等に出掛けることがあつたが、積極的にこれを禁止されたことはなかつた(甲二六、二七、三〇)。

2  本件事故当日、被告は、当日までの仕事を全て終え、午後三時三五分ころ関東営業所に戻り、帰宅するつもりでいたところ、訴外中山から平塚市内の三菱ふそう工場に出向いていた社員を迎えにいくよう指示され、その際、社有車に乗つて出掛けている所長が戻るのを待つて社有車で行くよう言われた。被告は、約二〇分待つたものの、疲れて早く帰宅したかつたこともあり、結局社有車を待たず加害車両に乗車して平塚市に向けて出発した。出発時に社有車に乗つた所長が戻つたが、既に加害車両に乗車して営業所の駐車場から道路に出ようとしていた被告は、このまま出発する旨所長と訴外中山に話して出発し、右両名は、特に被告を制止したりすることなく、加害車両の出発を見送つた(二六、二七、三〇、三五の43、被告本人)。

3  被告は、本件事故前日午前三時四〇分ころ、四トントラツクを運転して営業所を出発した後、小田原市、茨城県新治郡、栃木県鹿沼市等を回つて合計五七一キロメートルを走行し、荷物の集配業務に就き、途中本件事故当日の午前一時過ぎころから約五時間トラツク内で仮眠をとつたのみで本件事故当日午後三時三五分営業所に戻つた。

被告の事故前一か月の実働時間は二五〇時間を超えていたが、時間外手当ては支給されず、長距離手当てとして八万八一〇〇円が支給されたのみで、給料の手取額は二〇万八八六一二円であつた(甲三五の19~43、乙一、三、被告本人)。

4  本件事故は、被告が、平塚市の三菱ふそう工場からの帰路に本件事故現場の交差点を徐行して右折する際、後部座席に乗つていた原告従業員に行き先を聞くため振り返つたところ被害車両と衝突したというものであるが、被告は、聴覚に障害等級二級の認定を受けた障害があつて、対話の相手の口を見ないと会話ができないため、本件事故時後ろを振り返つたものである(被告本人)。

5  被告は、訴外沖里に対し、見舞金一〇万円、被害車両修理代三万円を支払つた(被告本人)。

二  以上認定の事実関係、ことに、本件事故は、被告が前日深夜からの運送業務を終えた後、たまたま営業所に居合わせた従業員の中から上司に選ばれて出掛けた際の事故であること、被告は、上司から社用車で出掛けるよう指示があつたにもかかわらず私用車である加害車両を乗り出したこと、その際、上司が加害車両での出発を黙認したものと認められること、被告は、原告において相当程度に厳しい労働条件のもとに働いており、本件事故当日も前日深夜からの労働にもかかわらず、車中での約五時間の仮眠以外ほとんど休憩を取らないで稼働していたこと、破告は、訴外沖里に対し、原告とは別に損害の賠償をしていること、本件事故における破告の過失の程度などを総合すると、原告の求償権行使は、原告が訴外沖里に支払つた損害賠償のうち、過失相殺後の損害額(二一三万六八八四円)から自賠責保険金(五〇万三二八三円)を差し引いた残額一六三万三六〇一円(甲一、四)の内四割にあたる六五万三四四〇円を限度とし、これを超える部分については権利の濫用にあたり許されないものと解するのが相当である。

三  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤ルミ子)

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